冗談を言ってみたい人へ

唐突に頭に降りてきたので冗談への心構え、準備、テクニックについて書く。

 

想定読者

冗談を言うのが苦手だが、どうしても言ってみたい人

 

はじめに

冗談なんか言うな。現代社会において情報伝達は簡潔であることが求められる。これは私たちの単位時間あたりにおける情報処理量が指数関数的に上昇しているからであって、個人ではどうしようもない時代の流れである。

対して冗談とは非効率の権化だ。だから冗談なんか言うな。

それでもどうしても冗談を言ってみたい人にだけ自分が考えていることを共有する。

 

相手は選べ

「いつでもどこでも話が面白い人」はいない(と自分は思っている)。もしあなたがそう思える人を知っているのなら、それは多分その人が相手を選んでいるからだ。あるいは相手に合わせて話を変えているからだ。

 

冗談は「会話術」というカテゴリに入る(とこの記事を読もうと思った人は考えているだろう)。「会話術」と言うと、とにかく発信する側についてフォーカスしがちだが、実際冗談とは、そしてコミュニケーションとは聞き手がいてはじめて成立するものである。

冗談を言う相手は選べ。世の中には「冗談が通じない人」が案外たくさんいる。(付け加えるが、「冗談が通じない」ことは欠点でも悪徳でもない。単なる特徴の一つに過ぎない)

 

以下のような人は冗談の相手にふさわしい。

①機嫌がいい人(少なくとも不機嫌ではない人)

②冗談をよく言う人(あるいは冗談でよく笑う人)

③あなたの人となりをある程度知っている人

 

上記の裏返しで私たちは次の教訓を得られる。

①冗談に人を機嫌や態度を左右する力はなく

②相手の受け取り方に結果(笑ってもらえるか)が大きく依存し

③あなたが最低限のコミュニケーションが取れる人間と示されていることが使用時の

 条件となる

 

あなたがもし冗談を人間関係を円滑にする魔法の一つだと考えていたなら、幻滅したかもしれない。しかし、プロのお笑い芸人でもない私たちの手札は限りなく少ないし、貧弱だ。せいぜいハンバーグの付け合わせのポテトサラダのニンジンだ。冗談の内容によってはそれすら過ぎた表現かもしれない。

 

冗談は言う前からすでに始まっている

限りなく少ない、そして貧弱な私たちの手札を有効に使うには、言うまでもなく周到な準備が不可欠だ。それはお笑い芸人の言う「フリ」(聞き手の想定)の利用である。普段寡黙な人がふと変なことを言うと、その場の皆が爆笑することは想像に難くない。それは寡黙な人が言った変なことが面白いのはもちろんだが、それ以上に「あの人は寡黙だ」という「フリ」(聞き手の想定)にこの笑いの源泉がある。

冗談を言って人を笑わせたいなら、冗談なんか言うな。

 

テクニック1:どうでもいい情報を付け加える

冗談は不正確と非効率、要するに「無駄」から生まれる。人から投げかけられた質問に「そこまで詳しくなくても......」と思われるような情報を付け加えると冗談として成立する。相手の想定を「フリ」として利用するのだ。

 

相手:寒くなってきたね

自分:そうですね。自分なんかようやく部屋で靴下を履くようになりました。

  真っ黒で超分厚い奴

 

(上の例が面白いかは別として)相手が「そうですね」だけを想定して投げてきた質問に対してこちらは靴下に関する超どうでもいい情報を付け加えている。ここで重要なのは付け加える情報はなるべく短く、情景の湧きやすいものであることだ。あとは気持ちゆっくり言うこと。言い慣れないうちは早口になりがちだ。

 

テクニック2:熱を込める

つまらなそうに話して笑いを取るのは、話し手にとっても聞き手にとってもかなり難しい。それはもっと話の面白い人にまかせて、冗談下手な私たちは「ここぞ」というところで熱を込める。それも超どうでもいい情報に対してだ。ここでも「超どうでもいい情報はつまらなそうに話される」という聞き手の想定をフリとして利用している。

 

相手:寒くなってきたね

自分:そうですね。自分なんかようやく部屋で靴下を履くようになりました。

  真っ黒で超分厚い奴。いやもうほんっと履きたくなかったんですけど!

 

(上の例が面白いかは別として)靴下に関する超どうでもいい情報に対して、さらに「自分は本当に靴下を履くのがが嫌だ」という感情をぶちまけている。「そんなにかよ」と相手に思わせたら勝ちだ。ちなみに感情は正負どちらでもよいが、多分負の感情の方が(もっと言えば執念や執着の方が)面白い。私たちは普段、負の感情を表に出さないように要請されて生きているからだ。さらに大切なものに向けられがちな執着や執念がどうでもいいことに向けられているのも立派な「フリ」の利用だ。

 

テクニック3:本当に起きたことだけ話す

面白いことを言おうとして、嘘なんて話してはいけない。嘘かどうかは聞き手にも伝わるものだし、そもそも嘘はやたら壮大になりがちで話す側も扱いに困る。さらに嘘がばれると「こいつは笑いとるためなら嘘をつく痛い奴」とレッテルを貼られてしまう。

本当に起きたことに少しの嘘を混ぜる「話を盛る」というのは本当に高等テクニックなので、プロのお笑い芸人か詐欺師にならない人には一生縁のないテクニックと思ってよい。(逆にどちらかになりたい人には必須テクニックだ)

 

おわりに

テクニックとして重要なのは「本当に起きたこと」に「どうでもいい情報を付け加え」てやたら「熱を込め」て話すことだ。だが、それ以上に重要なのは聞き手が「あなたが冗談を言うに値するかどうか」である。すなわち、聞き手が相手の非効率的な発言を許容でき、あなたを信頼しているかどうかである。それ以外の人間に冗談なんか言ってやる必要はない。

冗談なんか言うな。どうしても言いたければ、それに値する人にだけ言え。